2012年9月3日月曜日
「常に不満足であれ」。世界最高峰のパン職人
飛騨の田舎に、「不機嫌なパン職人」がいる。
眉間にシワを寄せ続けるその顔は、怒っているかのようにも見える。
彼は「不満」なのである。
何に不満なのかと言えば、自分の作った「パンの出来」に不満なのである。
彼のパンづくりの技術は、それほどに拙(つたな)いのか?
いやいや、そんなことはあるはずがない。
なぜなら、彼は「世界」でも認められた一流のパン職人なのだ。
彼の名は「成瀬正(51)」。
2005年の世界大会「クープ・デュ・モンド」で日本代表に選ばれ、団体で「世界3位」という輝かしい成績を収めた。
彼はその時のチームリーダーであった。
※クープ・デュ・モンド(Coupe Du Monde)とは、パン職人のワールドカップのようなものであり、3年に一度、フランス(リヨン)で開催される。
2012年7月24日火曜日
鳥人的な空中感覚。内村航平に見える景色。
内村航平、23歳。
彼の成し遂げた世界選手権での3連覇は、体操競技において前人未踏の大記録であった(2011)。しかも、その3連覇を決めた東京大会においては、2位に3点以上もの大差をつける圧勝である。
2位以下の選手は、内村選手の抜きん出た妙技を褒め称えるより他にない。「ロンドン五輪もウチムラで決まりだ…」。
◎微動だにしない着地
国際体操連盟の元技術委員長だったフィンク氏は、内村選手の「着地の見事さ」を高く評価する。
「彼の着地は文章に句読点を打つようなもの。ピタリと止まることによって、審判の採点に良い影響を与えます。ウチムラの技術は世界最高です」
着地はわずかなミスでも減点の対象となってしまうため、演技全体の出来を大きく左右する重要な要素である。この点、着地を得意とする内村選手は圧倒的なアドバンテージをもつ。
鉄棒から飛び出した空中の彼は、他の選手よりも1回多くひねる。通常は2回のところ、内村選手は3回ひねるのだ。
1.5倍になった回転力は、当然のように着地をより難しくする。そのひねりの回転の速さは、世界選手権の審判でも見落としてしまうほどだ(日本チームの指摘により、得点は訂正された)。
そんな凄まじい回転のスピードでさえ、内村選手はピタリと止めてしまう。まるで高速の車に急ブレーキをかけたのに、シートから背中が少しも離れないように。
なぜ、彼の着地はそれほどまでに美しく決まるのか?
2012年6月21日木曜日
魔力をもつ「桜」、かくも潔く。
「本物の桜と間違えて、鳥が止まろうとした」
こんな逸話が残るほどに見事な「桜」を描き切ったのは、江戸時代(後期)の女流画家「織田瑟々(おだ・しつしつ)」という人である。53年という生涯の中で、彼女が描き残したのは「桜のみ」(70点ほど現存)。
「織田」の姓から連想されるように、彼女は戦国時代の一時的な覇者「織田信長」の末裔である(より正確に記すならば、織田信長の九男・信貞の子孫ということになる)。
近江(滋賀)に生まれた瑟々は、お隣りの京都へ出て絵を学ぶ。
ところが彼女が30そこそこの頃、夫(石居信章)に先立たれ、それ以降は髪をおろし「尼」となる。
※「瑟々」と号したのはそれからであり、それまでは「津田政江」という姓名であった(尼になってから、織田姓を名乗るようになった)。
そして、桜に専心するようになったのもその頃からである。
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