2012年9月4日火曜日
「非武の島」、沖縄。グアムとの数奇な共通点。
およそ200年前、アジアの国々を巡っていたイギリス艦長は、初めて沖縄(当時・琉球)の人々を目にして驚いたという。
「武器を持っていない…」
その驚きをナポレオンに伝えると、戦闘に明け暮れていたナポレオンはもっと驚いた。
「武器なくして彼らはどうやって戦うのだ?」
ナポレオンの抱いた当然の問いに対して、艦長はこう答えた。「彼らは戦争をしたことがないのだそうです。武器を持たずに、平和を保っているのです」
「なにーっ! 戦争がないだとーーーっ!」。ナポレオンは叫んだ。「この世に戦争を知らない人々がいるなどありえない!」と言わんばかりに。
2012年8月26日日曜日
稲田朋美という政治家の憤。歴史を知り、国を知る。
もし、日本で初めて「女性の首相」が誕生するとしたら…?
それは「稲田朋美」氏(自民党・副幹事長)かもしれない。
森喜朗、阿倍晋三、両元首相等は彼女を「日本のサッチャーだ」と呼び、その他、多くの識者連中も彼女を熱烈に後押しする。
◎気骨ある女性・弁護士
「今、最高裁までがダメだと著書に書くほど勇気のある政治家は、稲田先生の他にいませんよ」、と渡部昇一・上智大学名誉教授は語る。
稲田氏は元々弁護士が本業であり、阿倍晋三・元首相のラブコールによって、政治家となった女性である。その彼女が弁護士時代に、「あぁ、日本は裁判所もダメなんだ…」と深い悲しみと怒りを感じた事件があった。
それは、南京「百人斬り」と呼ばれる事件の訴訟を担当した時のことであった。
2012年6月29日金曜日
使うほどに燃料が増えるという「夢の燃料」プルトニウム
そこには、「プルトニウムの缶詰」というものが置いてあった。
「プルトニウム」というのは断じて食品ではない。毒も毒、半減期2万4000年という化け物のような放射性物質である(原子番号94は、"苦しんで死ぬ"と覚えるのだとか)。
「その缶詰は、ポカポカと温かかった」と伊原義徳さん(88)は語る。プルトニウムが崩壊していく過程で発せられる「崩壊熱」で温かかったのだ。
彼がその缶詰に触れた場所は「アメリカ」。それは、伊原さんが「原子力」の技術を学ぶためにアメリカのアルゴンヌ国立研究所に留学していた時のことであった。当時、世界随一の原子力技術を誇っていたアメリカ。それだけに、猛毒・プルトニウムの扱いもお手の物であったのである。小さな缶に閉じ込めてしまうほどに。
アメリカの原子力に対する知識や技術に感銘を受けた伊原さんは、「あぁ、日本でも早くこんな缶詰が作れたらなぁ」と切に願ったという。
2012年6月21日木曜日
魔力をもつ「桜」、かくも潔く。
「本物の桜と間違えて、鳥が止まろうとした」
こんな逸話が残るほどに見事な「桜」を描き切ったのは、江戸時代(後期)の女流画家「織田瑟々(おだ・しつしつ)」という人である。53年という生涯の中で、彼女が描き残したのは「桜のみ」(70点ほど現存)。
「織田」の姓から連想されるように、彼女は戦国時代の一時的な覇者「織田信長」の末裔である(より正確に記すならば、織田信長の九男・信貞の子孫ということになる)。
近江(滋賀)に生まれた瑟々は、お隣りの京都へ出て絵を学ぶ。
ところが彼女が30そこそこの頃、夫(石居信章)に先立たれ、それ以降は髪をおろし「尼」となる。
※「瑟々」と号したのはそれからであり、それまでは「津田政江」という姓名であった(尼になってから、織田姓を名乗るようになった)。
そして、桜に専心するようになったのもその頃からである。
2012年6月6日水曜日
民間人が狙われた本土への大空襲
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