ホテル・オークラの隣にある「大倉集古館」には、勝海舟の書と伝わる「六然訓(りくぜんくん)」という掛軸がある。
「自処超然 処人藹然 有事斬然 無事澄然 得意澹然 失意泰然」
こうした掛軸などがあることで、「六然訓」は勝海舟の言葉とされることも多々あるが、正確に言うならば、この言葉は「明(中国)の崔銑(さいせん)」 という人物によるものである。
◎崔銑 (さいせん) という人物
硬骨漢として知られる彼は、平たく言えば「毒舌家」であり、その舌が災いして牢屋にブチこまれてしまう。というのも、崔銑が時の権力者・劉瑾(りゅうきん)に恐れもなく歯向かい、痛烈に批判したからであった。
時の権力者・劉瑾というのは、「専横いたらざるなし」と言われたほど情け容赦のない宦官であり、当時の人々からはたいそう顰蹙を買っていたのだという。その横暴に対して、心ある有志たちは度々の弾劾を試みるのであるが、その度に皆投獄されていったのである。
投獄されたとはいえ、崔銑に正義があるのは明らか。のちに陽明学の祖ともなる「王陽明」は、崔銑の投獄に大きく異を唱えた。
「諌官(かんかん)の地位にある者を捕らえるとはもってのほか!」
諌官(かんかん)というのは、政治や法律を定める時に、為政者に「忠言」を捧げる役職である。しかしながら、その諌官が暴君に対して忠告すると、決まって殺されるのも常であった(煮られるか、炙られるか、裂かれるか、斬られるか、獄されるか、毒を送られるか)。
それゆえ、死を覚悟して言葉を発する諌官には気骨のある者が少なくなかった。そして、その一人が崔銑 (さいせん)であったのだ。