2012年9月8日土曜日

「空飛ぶ絨毯」の夢。「ものづくり」が生み出すものとは…。


「もし、『空飛ぶ絨毯(じゅうたん)』があれば…、もっともっと多くの命を助けられたのに…」

空飛ぶ絨毯? 何かの冗談か、もしくは聞き間違いか? いや、そのどちらでもない。「空飛ぶ絨毯」と言った久保田憲司氏は「大真面目」だ。本気になって、空飛ぶ絨毯をつくろうとしているのだ。3.11の大震災の時、本気でそう思ったのだ。



天下未曾有の大災害の中、多くの人々が瓦礫の下敷きになっていた。その苦しむ人々を助けようと、懸命に探索するヘリコプター。しかし悲しいかな、ヘリコプターでは近くまで行くことができない。

「あぁ、こんな時に、地面から1~2mの高さをスーッと飛んで、どこにでも垂直に離着陸できる乗り物があれば…」

その乗り物こそが、久保田氏の言う「空飛ぶ絨毯」である。





◎超小型・垂直離着陸機


「今のサイエンスの力をもってすれば、宇宙ステーションを建設することもできます。日本の探査船”はやぶさ”は、小惑星イトカワまで自分で飛んでいって、また帰って来ました。ところが、身近なところで災害が起きた時に役に立つ乗り物がないのです」

そんな想いから、久保田氏は去年の11月、空飛ぶ絨毯プロジェクトを立ち上げた。彼が「空飛ぶ絨毯」と呼ぶのは、一般的に「マイクロ・ブイトール(VTOL)」と呼ばれる超小型垂直離着陸機のことである。

しかし、そんなファンタジーな乗り物が、そうそう造れるものであろうか?



「飛ぶこと自体は、そんなに難しくはないんです」と、久保田氏は軽く答える。「一番むずかしいのは、バランスを取る技術なんです」

どうやって飛行する高さを一定に保つか、どうやって離着陸時の衝撃を緩和するか。その参考として今研究しているのは、オスプレイの墜落原因だという。

オスプレイという飛行機のようなヘリコプターのような軍用機は、垂直に離着陸ができるブイトール(VTOL)と呼ばれる航空機である。なぜ、この機が落ちたのか、いかにバランスを失ったのか。そこには久保田氏の求める何かが秘められているのだろう。





◎ものづくりの神様


子供の頃から「もの」をつくることが大好きだったという久保田氏。彼にとっての神様はホンダの創業者「本田宗一郎」。

「もう”バカ”がつくくらい心酔しているんですよ」

本田宗一郎のことを語る久保田氏は、ますます熱くなる。

「あの方の凄いのは、ホンダのバイクを大切にしてくれる人には、『常に部品を供給しなさい』という考えを実践していたところです。会社の利益だけを考えるのなら、壊れたバイクを修理するよりも、新しいバイクを買ってもらったほうが良い。でも、あの方は『自分たちがつくったものがスクラップに入るほど悲しいことはない』と…。」

その姿勢こそが、「本当のものづくりの姿勢」だと久保田氏は語るのだ。



ビジネス・ライクな割り切り方をするのであれば、「採算」が取れないことはやらない方が良い。修理する手間とお金をかけるよりも、顧客に新しい製品を渡してしまったほうが「効率的」である。

たとえば、アップル社が修理に出されたiPhoneなどを修理することはない。とりあえず新品を顧客に渡すのだ。たとえば、農作物が豊作の年に、アメリカの農家は作物を収穫しない時がある。それは市場価格が下がりすぎて、採算が取れないと判断した時だ。せっかく実った作物を、容赦なくトラクターで耕してしまう。

そんなビジネス・ライクな姿勢とは一転、本田宗一郎の「心」は全く別の世界を見ているかのようである。





◎夢中


久保田氏は本田宗一郎の話を続ける。

「それから本田さんは、『今の若者はなっていない』という言い方が一番キライだったそうです」

本田宗一郎は、こう言った。「若者たちの良いところを引き出してやらなければダメだ」と。そして、この考え方は、教育者の一人でもある久保田氏の肝に命じるところである。ものづくり大好きの久保田氏は、じつは学校の教師でもあったのだ。



彼が最初に赴任した高校は、「ヤンチャ」な子たちばかり。授業もまともにできない学校であったという。そんな子供たちでも、ちょっと自分で何かをつくらせてみると、「目の色が変わる」。つくる喜びが、ヤンチャな彼らを「夢中」にさせてしまうのだ。

何より、教師の久保田氏が夢中なのだ。

「上手くできるのに手を抜いたらボロクソに言われるけど、苦手なことでも一生懸命やっている人には、誰も文句が言えないですからね」



ものづくりの面白さに夢中になった生徒たちに、久保田氏は水を向けた。「世界一の車椅子を考えてみよう」と。交流のあった養護学校のために自分たちの技術で何ができるのか、それを生徒たちに問うたのである。

そして出来たのが、電脳車椅子「ワンダー」。この画期的な車椅子は、どんなところでも乗っている人を水平に保つ。車道へ降りる歩道の傾きや段差でも簡単に上り下りができ、しかも乗っている人は傾かない。このワンダーは、「高校生科学技術チャレンジ」で賞をとり、アメリカの「国際学生科学技術フェア」でも3位に輝いた。

そして、この常に水平を保つ車椅子は、今手がけている「空飛ぶ絨毯」のバランスをとる技術の下地にもなっている。



◎人づくり


久保田氏の好きなイギリスの教育者は、こんな話をしたという。

「普通の先生は『説明』をする。ちょっとできる先生は『手本』を見せる。優れた先生は生徒の心に『火をつける』」

ものづくりに燃える久保田氏に近づいた生徒は、皆その心に火がついてしまう。久保田先生が「空飛ぶ絨毯をつくるぞ!」と言えば、それも出来そうな気がしてしまう。



そんな火のついた生徒たちは、不況の中でも就職率100%という偉業も達成している。最近まではアルバイトとしても雇ってもらえなかったほど「荒れていた高校」が、今やホンダやトヨタ、京セラやシャープの人事担当者が「来年もお願いします!」と頭を下げる。

「コイツらはヤル気がなかったんやない。引っ張ってくれる大人がいなかっただけなんや」と久保田氏。





「『ものづくり』は『人づくり』」

日本がつくってきたのは、単なる「もの」ではなかった。

少なくとも、久保田氏がつくっているのも、単なる「もの」では決してない。



いつも「ものづくり」に夢中な彼は、周りの人々をも夢中にさせる。

きっと、その夢の中では、「空飛ぶ絨毯」がたくさんの人々を助け出しているのではなかろうか…。






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出典・参考:
致知 2012年10月号 「熱意で導き、生徒の心に火をつける ~久保田憲司~」

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