2012年8月4日土曜日

日本の風土が育てた日本の子育て


とある山中、その夜の空は満点の星に輝いていた。

ところが、都会育ちのある子供は、その星空を見てこう言った。「空にジンマシンができたみたいで気持ち悪い」。

ある意味、その子の言葉は独特の感性をもっている。しかし、どうやらその感性は伝統的な日本のそれとはどこか異なっているようだ。





古来の日本人は、夜に鳴くスズムシの音(ね)に「美」を見い出した。それに対して、アメリカ人はその音を「うるさい」としか思わない。

生まれも育ちも異なれば、それは「感性の違い」となって現れる。その違いに良し悪しはないのかもしれない。しかしそれでも、日本的な感性が変化していくことに対しては、一抹の寂しさを感ぜざるを得ない。





◎親子の接点


明星大学の高橋史朗教授は、子供たちの感性が変化しているのは、親たちの接し方が変わったからだと説明する。

子供たちの感性が育つ臨界期というのは「2歳の終わり頃」なのだという。つまり、その頃までに親と子がどのような接し方をしたかで、その後の感性の養われ方も変わっていくというのである。



教授が具体的に指摘するのは、「おんぶやダッコ」が減ったということ。

昔ながらの日本の子育ては、赤ちゃんが泣き出したらおんぶしたり、ダッコしたりするのが普通のことであった。ところが、戦後の子育てでは「抱きグセ」がつくなどという理由で、容易に抱き上げないこともしばしばであった。



◎欧米流の合理的な子育て


日本人の子育てに明らかな変化が現れるのは、戦後から高度経済成長期にかけて。戦争に負けた日本人は、自分たちの国の価値をいたずらに卑下してしまい、その反動で、戦争に勝ったアメリカの価値観に対しては、諸手を上げて歓迎したのである。

そんな中、子育てに関してエポック・メイキングな書となったのが、「スポック博士の育児書」。この書に記された欧米流の「合理的な育児方法」が日本人によって高く評価され、当時の厚生省などはこの本を土台にして「母子手帳の副読本」を作成してしまうほどであった。




その副読本によれば、赤ちゃんが突然「わーーーーっ」と泣き出した場合、「親は泣く子を構ってはいけません」とある。これは、後々の厳しい社会を生き抜いていけるように、赤ちゃんのうちから甘やかさずに育てるという「アメリカ社会の理論」によるものなのだという。

こうした欧米流への歩み寄りによって、伝統的な日本の子育ては「甘やかしすぎ」であり、おんぶやダッコのしすぎだとして批判される対象と化してしまうのである。



◎科学の指摘する欧米流の誤り


近年の脳科学の解明によれば、生後20ヶ月までの赤ちゃんが急に泣き出すのは、「この時期、赤ちゃんの脳の発達が急すぎるために、時々脳が過敏に反応し、それに驚いて泣き出してしまう」のだという(退行期・むずがり期)。

すなわち、その突然の号泣は「反射」に近いものであり、その状態を咎めることは躾(しつけ)でも何でもないということである。いやむしろ、その発作的な現象を放置してしまうことの方に害があるともいう。

脳の発達が著しい生後20ヶ月までの期間は、まさに「感性」の育まれる臨界期ともきれいに一致する。ということは、この時期に日本風(おんぶにダッコ)でいくか、欧米流でいくか、その違いはその国の文化をも変えてしまう大きな岐路ともなりうるものである。



さらに悪いことには、無理に欧米流でいった結果、どうしても子供を泣き止ませることができずに、静かにさせようとして「虐待」してしまうケースもみられるという。

脳みその育つ時期の虐待は当然、脳に悪影響を及ぼす。ある調査によれば、虐待を受けたことのある子供746人のうち、じつにその54%が発達障害と診断されている。



◎子育てのマクドナルド化


近年、欧米流の行き過ぎた合理性に対する批判は、アメリカでも沸き上がってきている。アメリカの社会学者、ジョージ・リッツァ氏は、著書「マクドナルド化する世界」で、世の中全体がマクドナルドのように「合理化・効率化」されてしまっていると指摘している。

先の高橋教授は、「子育てだけはマクドナルド化してはいけない」と声を大にする。




合理化というのは、世界を「経済のモノサシ」で測ることに他ならない。しかし残念ながら、そのモノサシは万能ではない。時として、大きく曲がっていたり、目盛りが欠けていたりもするのである。

子育てを経済のモノサシで測れば、育児は「タダ働き」となる。それなら、自分は外で働いて、子供は保育園にでも預けた方が良いと判断される。このモノサシでは、親子の触れ合いの価値を測ることは無理である。

また、保育園の方でも日本人より外国人の保育士を雇ったほうが良いと、経済のモノサシは言う。「まだ日本語の分からない赤ちゃんには、日本人でも外国人でも関係ない」と判断される。経済のモノサシは、言語の意味を測ることはできても、言語の「響き(感性)」を測ることはできないようだ。



◎ものには順序


昔々の日本人は、子育てを「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせる」と表現してきたのだという。

「しっかり抱いて」というのは、親がおんぶやダッコをたくさんする時期であり、子供の感性が養われる時期でもある。感性というのは「分かち合う」ことにより発達するようで、その分かち合う相手というのは両親が最良の相手となる。

そうした後にはじめて、子供を「下に降ろして、歩かせる」。ここからがようやく躾(しつけ)と呼ぶもののはじまりであり、欧米流の厳しさも生きてくるシーンなのであろう。





2歳までのおんぶやダッコは、子供の身体に安心感を埋め込んでくれるのだという。ところが、その時期、無理に厳しさを教えようとしてしまうと、安心感どころか不安ばかりが埋め込まれてしまう。

そして、あまりに早すぎる厳しさは、子供にとってはもちろん、親にとっても苦痛でしかない。子供の感性は歪んでしまうかもしれないし、親も虐待に走ってしまうかもしれない。



ある保育園の園長は「ちょっとだけ難しいことにチャレンジさせる」という信念を持っている。そうすることで、子供は大きく育つというのだ。逆に「難しすぎること」は子供を潰してしまい、その芽を摘んでしまうのだという。

おんぶやダッコを求める子供を無理に引き剥がしてしまうことには、のちのちの不利益も多いようである。その時は合理的に見えても、長期的には非合理的となってしまうのでは、それは本末転倒。子供には自ずと離れ、歩き出す時があるのかもしれない。




◎什の掟


江戸時代の日本の子育てをみるに、会津藩(福島県)の「什(じゅう)の掟」は大変参考になる。

「什(じゅう)」というのは、同じ町に住む子供たちの集まり、簡単に言えば「遊び仲間」であった。そして、「什の掟」というのは、その遊び盛りの子供たちが最低限守るべき躾(しつけ)のようなものである。



一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ。
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。

一、嘘を言うことはなりませぬ。
一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
一、弱い者をいじめてはなりませぬ。

一、戸外で物を食べてはなりませぬ。
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。



最初の二つは儒教思想の色濃い「年功序列」を諭し、次の三つは武士としての高潔な姿を示している。最後の二つに関しては、少々時代を感じざるをえない。そして、この掟の最後は「ならぬことはならぬのです」という有名な決め文句で締め括られている。

これら最低限の掟を破った子供は、軽ければ「無念(あやまること)」で済むが、重ければ「派切り(絶交)」となり、什の仲間から締め出されてしまう。

しかし、逆にこの最低限の掟さえ守れば、会津の子供たちは目一杯に遊べた。むしろ、「10歳まではキチンと遊ばせる」というのが藩の方針でもあったのだ。そして、10歳になった子供は藩校へと進学し、本格的な教育はそこから始まった。



◎家庭の教え


日本古来の子育てを知るにつれ、そこには明確な節目があることに気づかされる。はじめに「おんぶにダッコ」があり、次に「遊びと躾(しつけ)」、そして最後に「教育」である。

年齢によるそれぞれの成長ステージには、自然に身につくことがあり、それらは然るべき段階を踏むことにより、その効果を倍々に高めるようである。



明治時代の幡羅(はたら)小学校で、親たちに配られていた「家庭心得」には、こう記されている。

「教育の道は、家庭の教えで芽を出し、学校の教えで花が咲き、世間の教えで実がみのる」

植物の成長も、その時に応じて必要な肥料が変わる。根っこを育てる栄養と茎葉を育てる栄養は別物であり、花実の肥料もまた別物である。そして、その施肥の時期を誤れば、その肥料は植物にとって害とすらなってしまう。

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家庭の教えというのは、根っこを育てるものなのであろう。タネが芽を出す前には、地中に根っこを伸ばしていく必要もある。

学校の教えというのは、茎葉を育てるようなものだろう。存分に遊ぶ中にあって、躾(しつけ)もなされていく。

そして、世間の教えというのは、花実をみのらせるようなものであり、四方八方に広がった茎葉の力が、ある目的に収束していくようなものであろう。



◎自由の中の孤独さ


アメリカが日本に教えてくれた「自由」というものは、時として日本古来の順逆をアベコベにしてしまった側面もある。根っこを育てるべきときに、茎葉ばかりを茂らせようとしたり、茎葉を伸ばすべき時に、花実の心配ばかりをさせていたり…。

「ゆとり教育」というものによって、教師の役割が「指導から支援へ」と転換されたことも良い面ばかりではない。手綱を締めるべき時にも、教師たちは一歩引いてしまい、子供の勝手がまかり通ってしまったり…。子供たちの勝手(良く言えば自主性)にまかせすぎた教室は、それが授業時間なのか休憩時間なのかすら定かでない。



そんな自由を与えられた日本の子供たちは今、世界で一番「孤独」を感じる子供たちにもなってしまった。

ユニセフの調査によると、「孤独を感じる」と回答した子供たちが最も多かった国が日本。そのパーセンテージは30%以上と、2位以下の10%未満をブッチギリで上回っている。

150年前は、世界で最も幸せで礼儀正しいとされた日本の子供たち。しかし、激動の20世紀は、その日本の理想的な子供像を大きく変容させたようである。そして、それは最も初期の段階で形成される「感性」の変化が大きな原因となっているのかもしれない。



◎その国の土、他国の風


世界中の国家の中でも、日本ほど自然風土に恵まれた国は少ない。四季折々によって目くるめく変容するその自然風土は、他国に類をみないほど、日本人の感性を多様化させたことであろう。そして、その自然風土は人を育てる素地ともなってきた。

植物を育てるのが土であり、植物を鍛えるのが風であるように、人を育てるのも土であり、人を鍛えるのも風であろう。



アメリカから吹いた風は、日本人を大いに鍛えたのかもしれない。しかし、その風だけが人を育てるわけではない。生まれ落ちたところの土が育てるのである。

土には土の役割があり、風には風の役割がある。そして、それらは「自由に」入れ替われるものではない。そこには明らかな順逆も存在するである。



不良牧師ことアーサー・ホーランド氏は、こんなことを言っている。

「俺が牧師として伝えたいのは、信じているものが自分を魅力的にし、周囲を幸せにしていくものであればOKだけれども、逆に可能性を閉ざし、周囲に押しつけていくものであれば、それは神の意志ではないと思うのだ」

はたして、現在の日本における子供教育は、「子供たちを魅力的にして、周囲を幸せにするもの」なのか、はたまた、「可能性を閉ざし、周囲に押しつけていくもの」なのか。



◎自由のための制限


思うに、古い日本人は「理」というものを理解した上で、あえて「理の外」に身を置いていたようにも見える。

「ならぬことはならぬのです」という掟は、ある意味、子供にダメな理由を説明せずに、一方的に制限してしまっているものである。しかし、その制限は、逆に自由を広げるものでもある。なぜなら、守らなければならぬ掟はそう多くはないのだから。



薩摩藩(鹿児島)に伝わる郷中(ごじゅう)教育というのも、じつにシンプル。もっとも簡単なバージョンでは「負けるな、ウソを言うな、弱い者をいじめるな」、これだけである。

先の会津藩の「什の教え」もそうであるが、いくつかの単純なルールを守ることで、社会全体がより大きな自由を享受できるようになるのである。逆にあまりにも野放図な自由は、その意に反して自由を制限してしまうことがある。



たとえば、周りが崖になっている土地で、自由に遊んでもいいよと言われても、崖に落ちるのが怖くて思い切り遊べない。一方、その崖の危ないところに柵でもしてあれば、もっと自由に遊べる。

それと同様、会津や薩摩のシンプルな教えは、より自由になるための柵のようなものであろう。



◎心のコップ


高橋教授は、子供の心を「コップ」にたとえる。その心のコップに水を注ぐためには、そのコップが上を向いていなくてはならない。

2歳までの間、おんぶやダッコによって育てられた子供のコップは上を向きやすい。それはその身体が安心を覚えているからであろう。ところが、あまりに早く厳しくされた子供のコップは、不安が先に立ってしまうのか、なかなか上を向かない。



コップが上を向いていても、下を向いていても、幸いなことに「頭」の中に知識は入ってゆく。そして「理性」は身につく。ところが、心のコップが下を向いたままでは、「感性」がなかなか育まれない。

この辺りが、合理性の限界なのであろう。理性のみの結びつきは脆く儚い。そこに「理(利)」がなくなれば、それまでの話。日本の子供たちが孤独を感じやすくなったというのも、そんなところに理由があるのかもしれない。



◎頭と心


ここ100年で時代が移り、科学は進み、その生活は一変した。しかし、人の「感性」となるとどうなのか。さほどに変化したのであろうか。

もし変化したのならば、江戸時代の教えである会津の「什の掟」や薩摩の「郷中の教え」は、それほどに人の心を打たなくなっているはずである。これらの教えが未だに通用するのであれば、それは人の心がさほどに変わっていないということでもあろう。



「理(頭)」を教育するのは、おそらく容易(たやす)い。しかし、「感(心)」となると…。

それゆえ、古来の日本人は頭だけでの理解を軽視してきた。「腹(はら)」でわかることが肝要なのであり、「腑(内蔵)に落ちる」ことが大切なのである。



なぜ今、日本の教育現場が混乱しているのだろう?

子供たちの感性(心)が変わってしまったからなのだろうか。それとも、子供たちに自由を与えすぎてしまったからなのだろうか。はたまた、十分に合理的でないからなのだろうか。

きっと、いずれの答えも腑に落ちるものではないかもしれない。ましてや、経済のモノサシで測ろうとすれば、混乱に拍車をかけるだけだろう。



夜の闇に何を見る?

虫の鳴き声に何を聞く?

答えは、存外、草葉の陰にでも転がっているのかもしれない…。






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出典・参考:
致知2012年8月号「親学の普及徹底なくんば、国は浮上せず」

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