2012年8月27日月曜日

不妊は女性ばかりの責任か? 日本と世界の差


日本で「不妊」の検査や治療を受けたことのある人は、「6組に一組」という多さであるという。さらに、「体外受精」の件数は年間21万件と世界最多、ここ5年間で倍増している。

こうした事実はひとえに、多くの日本人が子供を産むことを切望している証でもある。そして悲しくも、それが叶っていない証でもある…。

ある専門家はこう指摘する。「日本人は『不妊についての正しい知識』が不足している。そのために、次々と新たな不妊を生み続けているのです」。

はて、不妊についての正しい知識とは?





◎何歳まで妊娠できるのか?


一般的な日本人に「何歳まで妊娠できると思いますか?」と尋ねると、「45歳まで」との回答が全体の半数以上(53%)を占める。

ところが現実はもっともっと厳しい。体外受精の成功率は30歳くらいまでは概ね横ばいだが、40歳を超えると半減し、45歳を過ぎてしまうと、その成功率は「わずか0.5%」という狭き門となってしまうのだ。

※体外受精の成功率:25歳まで20.5%、30歳まで19.6%、35歳まで16.8%、40歳まで8.1%、45歳まで0.5%



つまり、正しい知識とは、「できれば35歳までに不妊治療は受けた方がよい(成功率が高い)」ということになる。ところが、一般的な常識では「45歳までは大丈夫」と勘違いされている。

このおよそ「10歳」というギャップは致命的となる。このギャップが不妊治療の正否を雲泥のものとし、それが「産みたくても産めない」という悲劇を生み出す元ともなってしまっているのだから…。



◎卵子の老化


では、なぜ35歳を過ぎると、妊娠の可能性が急減してしまうのだろうか?

その原因は「卵子の老化」に求められる。



男性の精子が日々生み出されているのと違い、女性の卵子は新しくつくられることはない。卵子は女性が生まれた時から身体の中にあるのである。そして、その卵子は年齢を重ねるほどに数が減り、質も低下していく。

たとえば、20代女性の卵子であれば、受精後、活発に細胞分裂を繰り返す。ところが、40代女性の卵子となると、受精はしても途中で細胞分裂が止まってしまうケースが多くなってしまうのだ。

まことに残念なことではあるが、35年以上経った卵子はその「生命力」が低下してしまっているのである…。



◎遅れがちな不妊治療


こうした事実を多くの日本人は知らない。そのため、不妊治療を始めるのがどうしても遅くなってしまう。

データを見てみると、20代で不妊治療を始める人はまずいない。不妊治療を受け始めるのは、早くても30代前半(19%)、その多くは35歳以上(77%)である(2011)。

先に述べた通り、35歳を境にして体外受精の成功率は下降し始め、40歳で半減してしまう。そのため、35歳以上から治療を受けても、なかなか成功しにくいという現実に直面せざるをえない…。



◎精神的、経済的負担


今年40歳になった川口さおり(仮名)さんは、2年前の38歳の時に「卵子老化」という事実を初めて知り、それから不妊治療(体外受精)を開始した。

これまで子宮に戻した受精卵は全部で6個。しかし、いずれもうまくいかなかった…。想像していたよりも35歳のカベは厚かった…。40歳となった今、その成功率は1割にも満たない。それでも彼女は諦めたくない。7回目のチャレンジを試みようとしている。



これまでの6回の治療にかけた費用は総額180万円以上。不妊治療に関して、一部助成金は出るというものの保険の対象外であるために、その大半は自己負担なのである。

ただでさえ精神的負担の大きい不妊であるが、その治療に要する「経済的負担」も決して軽視できるものではない。



◎男性側の原因


不妊と聞けば、多くの人は「女性の問題」と考える。しかし、これは日本の誤った常識である。

世界保健機関(WHO)は、こう明言している。「不妊の原因の半分近くは『男性』」と。そう言われればそうであろう。妊娠は女性のみで成せる業ではないのだから。



ところが、日本人男性が率先して不妊治療に赴くことは、ほとんどない。その理由は、仕事が忙しかったり、プライドが許さなかったり…。

女性以上に腰の重い男性が、その重い腰を上げる頃には、やはり妊娠適期を逸している場合が多いという…。





◎社会環境の原因


女性の社会進出も、妊娠を遅らせる原因になっている。

ある女性は、こう語る。「私の世代は、出産どころか結婚自体が職場で“はばかられた時代”でした」。また、ある女性は、こうも言う。「就職氷河期の中で、何とか獲得した正社員の職。手放したくないと懸命に努力しているうちに、30歳を超えていました…」。



就職したばかりの20代では、なかなか結婚もできない。30代になると、重要な仕事を任されるようにもなり、またまた結婚・出産どころではなくなってしまう。そして、いつの間にやら40代…。

そんなシャカリキなキャリアを振り返り、佐藤直美(仮名・44)さんは嘆息する。

「今まで、何をやってきたんだろう…」



◎世界的課題


不妊は今や世界共通の問題である。

世界保険機関(WHO)の調査によれば、「不妊に悩む夫婦は、世界で1億8600万組」と推定されている(Sexual and Reproductive Health)。同報告書は、こう記す。「不妊は当事者にとって、精神面だけでなく、社会的にも経済的にも悲劇(tragedy)」。





そんな中、日本の状況の深刻さは世界の中でも際立っている。

まず、不妊治療を受ける年齢が遅い。40歳を超えてから不妊治療を受ける人の割合を見ると、日本はおよそ30%。これは他の先進国の2倍から4倍である。

※イタリア、アメリカ、フランス、カナダ、イギリス、ロシアは10~20%。ドイツは10%以下。



そして、不妊治療を開始する遅さは、やはり卵子の老化に対する知識不足を挙げざるをえない。

その知識は世界最低レベルである。日本の知識は中国・インドを下回り、日本の下にはロシアとトルコしかいない。ほかの先進国はといえば、日本よりもずっとずっと上の方に位置し、とりわけヨーロッパ諸国などの知識レベルは高い。



◎フランスの例


たとえば、フランスの街角で若い女性に尋ねれば、卵子の老化という現実をよく知っている。

「卵子は35歳から老化しはじめるんだと思うわ」

「20代半ばから妊娠の可能性は低くなっていくの。30代は20代よりもずっと妊娠の可能性が低いのよ」



フランスは国をあげて不妊対策を進めており、年齢とともに妊娠しづらくなることなどを、国は教科書やパンフレットなどを通して、若者たちに伝えてきたのである。その結果、社会全体としての関心も高まり、新聞や雑誌などでも繰り返し取り上げられるようになったのだという。

フランスでは、こうした科学的知識の普及とともに、不妊治療を支える「制度」も充実している。



◎フランスの不妊治療


フランスの医療機関には、「男性不妊科」という診療科が女性のそれとは別にある。なぜなら、男女一緒に治療を受けることが常識であり、また、そうしなければ「保険」も適用されないからだ。

「不妊治療の時に男性が来るのは当然さ」とフランス人男性は言う。彼は仕事を休んで来ているのだが、会社に申請すれば、それが認められるのだ。



日本では費用の一部しか助成されない不妊治療であるが、フランスではその「全額」が保険適用となる。つまり自己負担がないのである。ただし、フランスには不妊治療に「年齢制限」がある。42歳までに治療を受けないと、保険は適用されない。

42歳といえば、不妊治療の成功率が1割以下に落ち込む年齢。フランス政府には、その年齢に達する前に治療を受けて欲しいという確かな思惑があるのである。

「フランスでは、よくこう言われています。『すべてのことには適した時がある』と。国としては子供を産むのを40歳過ぎではなく、30歳くらいにして欲しいのです。年齢が上がるほど、身体への負担も高くなりますから」、こう語るのはフランス生物医学庁のプラダ・ボードナーブ所長である。



◎日本のタブー


世界18カ国で妊娠に対する意識調査を行ったという、ジャッキー・ボイバン教授(イギリス・カーディフ大学)は、「日本は特に遅れている」と指摘する。

「日本の人たちは不妊についての正しい知識を持っていません。そのため、出産の時期が遅れ、結果的に子供を持てなくなってしまっているのです。不妊の問題をタブー視しないことも大切です」



ボンバイ教授が強調するのは、日本人が「不妊について話し合う頻度」の異常な低さである。その低さは調査国中、最下位であった。

不妊の話が「タブー」とされる日本では、家族・友人と話さないことはもちろん、夫婦間でも滅多に話されることがないのだという。正しい知識の普及以前に、タブーとして不妊を闇に置いておくことは、国のためにならないと教授は語る。

「日本人は不妊について話すことすら避けてきました。このまま不妊が増え続ければ、日本は次の世紀を生き延びることができないでしょう」

ちなみに、日本の出生率は1.27。この数字は調査対象196カ国中、190位である。



◎かすかな希望のもとに…


最後に福岡県の永松夫妻の例を。

夫・昭洋さん41歳、妻・ルミ子さん38歳。子供をもうけるには、難しい年齢に差し掛かりつつあった。そして、子供ができなかったのは、夫・昭洋さんの側に問題があった。

半ば子供は諦めていた夫妻であるが、妻・ルミ子さんが卵子老化の事実を知るに及んで、考え方が少々変わってきた。「タイム・リミットが迫っている…」、そう思うとどうしても子供が欲しくなってしまったのだ。



それでも「私だけでは限界がある」。思い切って夫にその想いをぶつけることに。「お願いだから、一緒にがんぱって!」

正面切ってそうお願いされた夫・昭洋さんは、その時のことをこう語る。「ドーーーンッと、思いっきり背中を突き押された感じだった。でも、そこまで言われないと、動けなかったかもしれない…」。



さて、不妊治療に挑む決断を下した夫妻であったが、夫・昭洋さんの病気を治せる病院がないことに愕然とする。それでも必死に50以上の病院を訪ね歩いた末に、ようやく山口県の大学病院で治療できることに。

その手術はマイクロ・テセ(micro-TESE)といわれるもので、男性の精巣を切り開いて、その中からわずかに作られている精子を顕微鏡で探し出すというのものだった。この手術が日本に導入されたのは10年ほど前というが、手術をできる病院は極めて限られているのだという。

この手術のおかげで、昭洋さんは正常な精子9つを採取することに成功した。



「9個ですよ。たったの9個。みんな一億個もあるのに…。

でも9個ででもできる技術が今はある。希望になったとですよ。嬉しかったとですよ」



夫41歳、妻38歳。この年齢は正直、厳しい。成功率は10%以下である。

それでも2人は険しい道を進むことを心に決めた。

「どんな結果であっても、前に進んで行かなくはならないのです」



◎適した時


「産みたいのに産めない苦しみ」

それは女性個人の問題にとどまるものではない。その想いを共有すべきは、夫であり社会なのであろう。

「妊娠して当たり前、妊娠できないのは女性が悪いという社会の考えを根底から崩さない限り、不妊治療に取り組んでいる女性は救われない」、とある女性は切なる想いを口にする。

卵子老化というのは現実かもしれないが、そのことばかりにフォーカスし過ぎるのもまた、女性ばかりを苦しめることになりかねない。



「すべてのことには適した時がある」というフランスの言葉が重く響く。

私事になるが、先日、拾ってきた野良猫が子を産んだ。その母猫はまだ一歳になっていない。つまり、0歳で3匹の子猫を産んだのである。猫のことをあまり知らない私にとっては、これは衝撃的であった。「まさか、0歳で…」。

野生的な動物であれば、その「適した時」を知っているのは当然のことかもしれない。それは、ある意味、人間も同様であろう。しかし、時として社会は「適した時」に子供を産むことを許さない。学校が、仕事が…。



それでも女性たちは知っているのだろう。その適した時を。知識ではなく、直感として。

願わくは、そんな自然な思いが、自然に子供となることを…。

そして、そんな社会であること、そんな人の心であることを…。







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出典・参考:
NHK特集 「産みたいのに産めない ~卵子老化の衝撃~」

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